特集2‐2

会員特別寄稿

自立支援法? 介護保険法?

匿 名

 

 

 皆様ご承知のように障害者自立支援法(以下自立支援法)は、利用者が65才に達すると介護保険が優先される事になっている。しかし介護保険はそのサービス内容に制約が多く、重度障害者の自立生活にはそぐわず、使いにくいものとなってしまう。

 私は、2009年1月に65才を迎えるに当たり、誕生日以降も介護保険法優先の壁を乗り越え、自立支援法の重度訪問介護を利用して生活を続けたいと考え行動を起こした。

 

 まず2008年7月下旬、厚労省の自立支援法担当者に電話で確認を取った。

私:「自立支援法における(他の法令による給付との調整)7条において、介護保険等で利用できる項目について給付を受けることが出来る場合はその範囲において自立支援法の給付を行わない。との定義は、絶対的な他法優先ではないですね?」

厚:「65才になれば原則介護保険が優先されます。しかしこれはあくまで優先で、全身性障害者の場合等は必要に応じて100%自立支援法を適用することは可能です。個別事例については自治体の考え次第です」

 

 この回答を得て、8月上旬私は居住地の障害者福祉課担当ワーカーに“65才以降も自立支援法のみの継続を検討するよう”申し入れた。

 私の気持ちとしては、当事者の生活実態を把握できる立場の担当ワーカーこそが個別事例を認識できるはずだし、実態に即したサービスの提供を実施するためには、まずは担当者に要望するのが筋だと考えていた。

 しかし行政からの答えはなかなか返ってこない。電話をすると「福祉行政については前向きに施行するべきだと個人的には考えていますので、頑張ります」。担当者も頑張ってくれているのだろうと、さらに待つことにしたが、瞬く間に時は過ぎ、11月になった。

 このままでは時間的に間に合わなくなる。そこで私は11月下旬に次の手段として担当責任者に話し合いを申し入れた。この時点での担当課は、「介護保険優先のスタンスを変えることはできない。根拠は市の内規すなわち福祉課のルールです」との対応。しかし話し合いを継続することでは一致。

 

 その後何度か電話でのやりとりを繰り返し、進展のみられない中、私は12月中旬に担当課長との話し合いを持った。この時点で課長からの提案は、「申請だけは何とか受けてもらいたい。受けてもらった上でケアマネージャーと調整してもらって、受けられるサービスがないよということになれば、自立支援法で出来るかもしれない」というものであったが、私は“かもしれない”といった曖昧な提案に乗るわけにはいかないので、平行線のまま話し合いを終結。

 さらに12月下旬に再度話し合いを持った。この時点では、タイムリミットが迫っている関係上、納得できる結論が出せるまでは誕生日以降も自立支援法の延長を行うという合意を取り付けた。

 

 私は、以前からお世話になっている法律の専門家に経過を説明し、今後の方針を相談。専門家の判断は「まずは市に対して論点を文書化して提出してはいかがでしょうか。それに対して文書回答を求めることがまず第一でしょう。それと制度的問題と個人の問題は分けて考えなければならないと思います。」というものであった。そこで私は1月の末に行政のトップ宛に以下の文書を発送した。

 

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 私は平成21年1月に65歳となった全身性障害者(頸髄損傷)です。これまで障害者自立支援法の「重度訪問介護」を利用して生活をしてきました。このサービスを利用することにより、私は社会参加を含めた日常生活を続けることができました。そしてまた、当然のこととして私は今後も社会参加を続けてまいります。従って65歳以降も介護保険ではなく、障害者自立支援法の「重度訪問介護」を利用して生活を続けたいと考えています。

 そのため、昨年8月初旬より健康福祉部障害者福祉課と話し合いを続けてまいりました。話し合いを始めた当初は柔軟な対応も可能であるような話しぶりでしたが、年末が近づくにつれ運用上不可能であるかのような発言に変わりました。この間約5ヶ月、法及びその運用論に終始し、結論が出ないまま今日に至っております。

 そこで、誕生日を過ぎても「重度訪問介護」を利用するための延長理由として、「早急に介護保険の申請をすることが条件である」との話が、障害者福祉課の担当者の方々との話し合いの場で出ましたが、私はやはり納得できないため「確約は出来ない」と申し添え、未だ介護保険の認定申請はしておりません。

 

《私の主張》

 65才を過ぎても障害者自立支援法の「重度訪問介護」を利用した生活の継続を希望しています。

 現在介護保険には「重度訪問介護」に相当するメニューはありません。

 全身性重度障害者の多くはその障害に起因する複雑多岐にわたる疾病や重篤なる二次障害に悩まされています。これらの問題は複雑且つ微妙な対応を必要とするものであり、障害についての知識と経験のない介護保険ヘルパーには荷が重すぎるものと考えます。

 私自身厚生労働省の外郭団体が主催するホームヘルパー1級養成講座で長年講義をしていますが、受講者は障害名すら知らないのが現実です。これらの講座は介護保険ヘルパーの養成が目的であり、全身性重度障害者の身体的状況、抱える問題点、介助のあり方等は教えられていません。そもそも介護保険の目的は高齢に起因する疾病に対応することであり、元々全身性重度障害を有する高齢者への対応は考えられてはいません。介護保険の中にも「重度訪問介護」に相当するメニューが出来ない限り、介護保険の認定申請はしたくないと考えています。

 

《障害者福祉課の見解》

 65才になったら介護保険の認定申請をしていただき、不足分は障害者自立支援法で補う。

 まずは介護保険の申請をしていただき、結果的に介護保険には使えるメニューがないということで障害者自立支援法の「重度訪問介護」を提供する事は考えられる。

 

《厚労省の見解》

 65才になったら原則介護保険が優先です。しかし必ず介護保険を使えとは言っていません。最終的な判断は地方自治体に委ねられています。

 

<問題点>

1.障害者基本法の第1条には《障害者の自立及び社会参加の支援のための施策の推進》が唱われています。そしてまた、この障害者基本法の基本理念に則った障害者自立支援法の第1条では《自立した日常生活又は社会生活を営むことができるよう、必要な障害福祉サービスに係わる給付その他支援を行い》と規定されていますが、これに対し介護保険法第1条では《加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他医療を要する者について、これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係わる給付を行うため》と規定されています。

 私の障害は《加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等》には該当しません。

 また、介護保険には私達が日常的に行っている“社会参加”の概念は全く含まれていません。私の生活は65歳の誕生日を境に変化をすることはありません。誕生日以前も以降も社会参加を中心とした生活を継続します。

2.障害者自立支援法第7条では《自立支援給付は、当該障害の状態につき、介護保険法(平成九年法律第百二十三号)の規程による介護給付、健康保険法(大正十一年法律第七十号)の規程による療養の給付その他の法令に基づく給付であって政令で定めるもののうち自立支援給付に相当するものを受けることができるときは政令で定める限度において、当該政令で定める給付以外の給付であって国又は地方公共団体の負担において自立支援給付に相当するものが行われたときはその限度において、行わない》と規定されていますが、一方で、同法第5条3《この法律において「重度訪問介護」とは、重度の肢体不自由者であって常時介護を要する障害者につき、居宅における入浴、排せつ又は食事の介護その他の厚生労働省令で定める便宜及び外出時における移動中の介護を総合的に供与することをいう》と規定しています。

 また、平成19年2月16日厚生労働省社会・援護障害保健福祉部障害福祉課からの事務連絡の中でも《重度訪問介護は日常生活全般に常時支援を要する重度の肢体不自由者に対して身体介護、家事援助、日常生活に生じる様々な介護の事態に対応するための支援及び外出介護などが、比較的長時間にわたり、総合的かつ断続的に提供されるような支援をいう》と規定されています。

 この《比較的長時間にわたり、総合的かつ断続的に提供されるような支援》を目的としたサービスは介護保険にはありません。にもかかわらず、「重度訪問介護」に含まれる内容の一部を切り取り、介護保険で対応しようとするのは、全身性重度障害者が抱える複雑な身体的問題等には全く配慮がなされていないとしか言いようがありません。

3.「重度訪問介護」では都道府県知事から必要な知識及び技術を有すると認められる旨の証明書の交付を受けた者及び重度訪問介護従事者養成研修を受けた者もヘルパー資格が認められています。こうした介助者の中には我々の生活を数十年来支え続けてくれた方も多く、全身性障害者の抱える問題等にも精通されています。しかし、現在、介護保険ではこうした方たちはヘルパーとしては認められていません。障害が重くなればなるほど、自分の障害を理解し、また思いを理解してくれる存在が何より大切になります。

 

 平成19年3月28日の厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長・障害福祉課長名の通達「障害者自立支援法に基づく自立支援給付と介護保険制度との適用関係等について」の1・(2)・A・イに《サービス内容や機能から、介護保険サービスには相当するものがない障害福祉サービス固有のものと認められるもの(行動援護、自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、就労継続支援)については、当該障害福祉サービスに係る介護給付費等を支給する。》と記されていますが、「重度訪問介護」の《長時間、総合的に供与する》という特殊性を考えると、就労継続支援等の“等”に該当するものと考えます。

 

 これらの理由から私は介護保険を利用せず、これまでどおり障害者自立支援法の「重度訪問介護」を利用することを希望します。

 ただし、今回の私の主張は、65才以上の重度訪問介護利用者全てに「重度訪問介護」で対応することを要求しているものではありません。人により障害も意識も違います。全身性重度障害者の中にも介護保険が使いやすい人もいることでしょう。

 措置から選択へと変換された我が国の福祉行政において、自分のライフスタイルに応じ、どういったサービスを希望するのかの選択権は、利用者自身が持つべきものです。

 以上申し述べました私の提起に対し、貴職の賢明なご判断を書面にて頂きたく、よろしくお願い申し上げます。

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 この文書に対する回答は以下の通り。

 

65才到達後の障害者自立支援法の利用について(回答)

平素より、本市の障害者福祉行政にご理解とご協力を賜り深く感謝しております。

65才以降も介護保険ではなく、障害者自立支援法の「重度訪問介護」を利用して生活を続けたいとの申し出について回答します。

 この件に関しては、障害者福祉課が以前示したとおりでありまして、まずは介護保険の申請をしていただき、介護保険サービスに相当するものがないサービスについては、障害者自立支援法のサービスを提供いたします。

 ご存じの通り、障害者自立支援法第7条の規定では、同一のサービス内容のものについて、ほかの法令等に基づく給付を受けられる場合は、ほかの法令等に基づく給付が優先となっております。

 申し出については、貴重なご意見として承り、今後の障害者福祉を運営する上での参考とさせていただき、東京都へもお伝えしました。

 つきましては、現状では介護保険の申請が前提となりますので、早急に介護保険の申請をお願いします。

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 私にとって残念だったのは、質問事項についての回答ではなく、原則論のみを繰り返すにとどまった点である。しかし、行政サイドがこれまではあくまでも水面下の個人的対応で解決しようとしていたのが、この回答により公式見解を文書で残したことになり、今後の交渉結果は否応なく全ての当事者に波及することとなる。

 

 その後も話し合いを継続したが、2月下旬に行政側は「このまま介護保険の申請をしない場合は、自立支援法の継続も難しくなる」と強硬論で迫ってきた。

 私は強行突破をするか、取りあえず申請はしてさらに交渉を続けるか専門家に相談をした。その回答は「自立支援法の停止を実際に執行するとは考えにくいが、法的には出来る。地域行政は中央からの指示の範囲内で仕事をするのがその役割だと考えれば、ある意味当然の結果でしょう。一番現場の見える立場にある行政官は現実の問題を上にあげてより良いサービスの実現に尽くすのが本来の役割であるということを認識している人は少ないのが現実です。したがって運動として中央官庁にアプローチを掛けるのは続けていくとして、まずは貴方の生活権は確保しなければならないと思います。問題を二つに分けて考えることが必要でしょう。」

 

 介護保険の申請は本来“任意”のはずである。生活権を確保する上での戦略とはいいながら、私は納得できないまま2月下旬に介護保険の申請をし、3月の中旬に決定通知を受けた。“要介護3”だった。

 行政の言う“優先”とは、察するところケアプランの作成作業を行い、そこで使えるサービスがあるのかないのかを判断する。ないとなれば当然自立支援法。ある場合は何時間使えるかを確定しなければならない。私は一時、介護保険月1時間で決着をつけるよう交渉を続けようかとも考えた。しかし6月に65才の誕生日を迎えるBさんがやはり同じように自立支援法100%を要望しており、形式的にせよケアプランを作成してはBさんの闘争がやりにくくなる。そこでケアプランは作成せず、交渉を継続した。行政は1ヶ月分しか自立支援法の受給者証を作成せず、毎月請求して受給者証を獲得するという日々。

 

 その間私は厚生労働省へのアプローチを模索し、6月下旬に、某参議院議員控え室において厚生労働省 社会・援護局 障害保健福祉部 障害福祉課の係長との話し合いが実現。以下『』私、「」係長。

『自立支援法において65才に達する前日から介護保険優先が法において明記されているが、この優先は絶対なのか?』

「決して絶対ではない」

2007.03.28)通達において介護保険にないサービスが列記されているが、その最後に《等》が付記されている。重度訪問介護はパッケージとしてのサービスであるという特殊性から、この《等》に含まれると解釈は出来ないか』

「法的には厚労省には決定権はない。最終決定権は全て自治体にある。その際裁量の幅を持てるように《等》を入れている。この等に重訪が入るかどうかは自治体の判断次第です」

『では自治体が《等》に重訪が含まれると判断しても問題はないですね』

「ご指摘の通りです」

『法的に明記されていない問題について、すなわちグレーゾーンの問題については利用者の利益になるよう判断するのが法の精神ですよね?』

「ご指摘の通りです」

『では自治体から問い合わせがあった場合、そのように指導していただけますか?』

「重訪に選択権を認めるようにというような具体的な指導は出来ません。判断するのはあくまでも自治体です。ただし一般論として利用者の利益にと言うことは出来ます」

『わかりました。是非そのようにお願いいたします。』

 

 さすがに厚労省の係長、微妙な言い回しの中で決して言質を取られるような踏み外しはしていない。しかし地方分権の流れの中、中央行政は「決定権は地方にある」と言い、地方行政は中央の顔色をうかがい決定できないという現実の狭間で当事者が不利益を被っている状況が議員という公人立ち会いの下浮き彫りになった。私はこれで“大成功”と思った。

 

7月中旬担当課と話し合い。

以下『』私、「」市担当者。

「まず介護保険の申請をしていただき、ケアプランを立てていただきたい」

『謀議員の立ち会いの下、厚労省障害福祉課の係長と話し合った。優先はあくまで優先であり強制ではない。決定権は自治体にあり、“等”に重訪が含まれるとも含まれないとも言えない。自治体が含まれると判断するならそれでよい。法や規則で明記されていないグレーの部分については基本的

に受益者の利益であるべきである。との見解を得た。これで問題は解決でしょう。』

 「厚労省がそう言ったとしても都が違う見解だと我々としては動きにくい」

『一番現場がわかる立場にあるのが自治体でしょう。その自治体が自信を持って現状を上に伝え、受益者利益を実現しなければ福祉の前進はないでしょう。最終結論を出すまでに時間がかかるのであれば、このまま継続するしかないでしょう』

「毎月受給者証を発行するのも事務的に大変だから、それでは1年間継続ということで受給者証を発行します」

 

 急転直下自立支援法の継続が決まった。しかし明確な法的根拠は示されなかった。多くの場合行政の執行とはこんなものなのかもしれない。全てを曖昧なままに最終結論を出す。それにしても当事者は大変なエネルギーを必要とする。

 もしかすると、この直前に都議選の民主党圧勝があり、衆議院選挙の結果予想も民主党圧勝が現実味を帯びてきたことにより、法改正の可能性を見極めた結論だったのかもしれない。

 ちなみに、8月末に私の介護保険要介護認定は効力を失った。