「障害者医療問題全国ネットワーク」主催
第9回シンポジウム開催報告
障害者医療問題全国ネットワーク
副代表 小佐野 彰
はじめに
障害のある人やその家族(支援者)の医療に関する情報の交換、啓発を目的に2001年11月に活動を開始した障害者医療問題全国ネットワーク(通称「二次障害情報ネット」)主催のシンポジウムも、お蔭さまで第9回を迎えることが出来ました。今回は9月18日(月)に東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで開催し、100名以上の方々にご参加いただきました。講師に「リハビリの夜(医学書院)」などの著者で、脳性マヒ者でもある東京大学先端科学技術研究センター特任講師(小児科医) の熊谷晋一郎氏をお迎えし、脳性マヒ者を始めとする全身に障害のある人の二次障害をテーマに「痛みの当事者研究
―動きと時間をとめる、覚めない悪夢について― 」と題してご講演いただきました。また「ポリオの会」の稲村敦子氏からの「リハビリテーション医療の打ち切り制度撤廃運動」の現状報告と「二次障害情報ネット」の代表である駒村健二と弁護士の藤岡毅氏による「病院内介護の介護給付費請求訴訟(以下駒村訴訟)」の経過報告という内容となりました。
リハビリテーション医療の打ち切り制度撤廃運動の現状報告
まず第9回シンポジウムは、ポリオの会の稲村氏による報告から始まりました。
その内容は「国のリハビリテーション医療の日数制限に対する運動の柱であった多田富雄東大名誉教授がお亡くなりになられ、運動が停滞しつつある現状がある。しかし、国からリハビリテーションの効果として疾患別に『初期段階での回復の可能性』のみが問題にされ、慢性疾患を抱える者のリハビリテーションの日数が制限されることで、患者が安心して機能維持と長期的な回復を目指してリハビリテーションを受けられない状況は変わっていない(機能低下を招き、生命の危機に至るケースもある)。私自身は、その状態に患者自身も慣れつつあることに対する危機感を強く感じている。リハビリテーションの日数制限問題は、国による『棄民政策』だと思う。その意味で、世の中から取り残されると言う点で共通する東日本大震災の被災障害者や現地の惨状にやり場のない憤りを感じる。その状況をなんとか変えていきたい」というもので、稲村氏の現状に対する思いが心に染み入る言葉で語られました。
病院内介護の介護給付費請求訴訟の経過報告
それに続き、駒村自身と弁護士の藤岡氏から「駒村訴訟」の経過報告がされました。ちなみに藤岡氏は、障害者自立支援法違憲訴訟の原告の一人で全国弁護団の事務局長を務められていた方です。駒村と藤岡氏からの報告の内容は「駒村訴訟とは駒村が腸閉塞の疑いで入院した際、重度訪問介護で日常受けていた1日24時間介護給付費が、入院中は1日4 時間に制限されたことに対する訴訟です。被告側(西東京市)の主張は『介護給付費は居宅時に限る。また、保健医療機関は原則的に完全看護なので介護は要らない』というものですが、それに対する法的根拠は無く、法の精神からもノーマライゼーションの思想からもかけ離れ、現実問題として駒村は入院中も介護は必要であり、原告の勝訴の可能性は高いが、裁判をより多く人が傍聴することが裁判官による真摯な審議を促すことになるので、是非とも傍聴に来てほしい」というものでした。
熊谷氏の講演内容
その後20分間の休憩をはさみ、熊谷氏の講演が始まりましたが、ここで今回の講演のテーマが決まったいきさつに触れておきます。そもそも「二次障害情報ネット」は障害のある人と家族、支援者と医療専門家が医療問題について共に学び合う機会の提供を目指し、毎年シンポジウムを開催してきました。しかし、これまでのシンポジウムの内容は、ともすると脳性マヒ者を始めとする全身に障害のある人の二次障害の予防や治療に関する最新医療の現状を紹介することに留まっていました。それは1950年代から日本における障害のある人を取り巻く医療が、絶えず整形外科的治療と理学療法による訓練の間を揺り動いてきた現状から見ればやむを得ないことだったのですが、その影響で「二次障害情報ネット」も整形外科的治療と理学療法的訓練の間を揺れ動くことで、結果的に「最先端医療の紹介とは言っても立場の違う先生方の個々の見解、療法をバラバラに紹介するに留まり、障害のある人が主体的に二次障害に向きあうための有効な情報提供が出来ていないのでは?」という反省を近年抱き続けてきました。そんな折り熊谷氏の研究、著作に触れ、障害当事者にとって二次障害とは? その予防や治療の目的と意味( 社会や医療従事者の目的でなく) とは? を考え直すことが、二次障害を抱えて日々暮らしている障害のある人と家族や支援者により有益な情報提供になるのでは?という思いのもと、今回熊谷氏に講演を依頼することになりました。
講演は熊谷氏自らの二次障害の体験談に始まり、医療技術の発達に伴い寿命が延びている脳性麻痺障害者の二次障害に関する海外の調査研究の紹介に移り、二次障害が障害者当人にとってなぜ問題なのか?というところに話が至りました。熊谷氏は二次障害の問題は二つあり、一つは今まで出来ていたことが出来なくなること(機能低下)、もう一つは「痛み」の問題であると指摘されました。その上で、前者が障害のある人が自らの障害を肯定的に捉えられる生活の実現のために社会に働きかけることである程度解消可能なのに対し、後者の「痛み」の問題は解消が困難で、それが熊谷氏が「痛み」に注目する理由であると語られました。そして「痛み」と脳性マヒとの関係について、やはり海外の研究成果を示されながら、脳性麻痺の(筋)緊張と痛みを感じるメカニズムが共通すること、そこに着目した薬が開発されつつあることなどを紹介され、その後に痛みの詳しい説明に話が移っていきました。
熊谷氏は痛みの説明の中で「外傷や内部の損傷、炎症や脊髄や神経の遮断による痛みを『急性疼痛』と言い、原因を突き止めそれを治療すればその痛みは収まるのに対し『慢性疼痛』とは、特定の原因がないのに痛みだけが続く状態を言う。人は、日々脳が内省モード(夜間睡眠時などに昼間の活動の記憶が整理され、自身の身体や回りのイメージを更新する状態)と作業モード(昼間身体を動かしながら、自分の身体情報や外部の情報を蓄える状態)の間を行き来しながら暮らしている。『慢性疼痛』は内省モードの状態の時に出現する。内省モードと作業モードの丁度中間の状態(慣れた作業をしている状態)を保つことが「慢性疼痛」を適度に抑えることになるが、障害者はその慣れた状態を保つのが難しい。それを改善するのが、バリアフリーなどを求めて社会に働きかける運動である」という内容を指摘されました。その上で、熊谷氏はさらに「痛かった記憶」と「痛みが再現する記憶」の違いは何かという疑問に対し、アスペルガー症候群の障害のある人の当事者研究の成果を引き合いに出しながら「『慢性疼痛』の出現を左右するものとして、過去の痛みに対して『意味付け』されているか否かによること」という問題点を挙げられました。
そして熊谷氏は講演の結びを「過去の痛みに対する意味付けの仕方によって(情動的な意味付け、分析的な意味付け、破局的な意味付けなど)『慢性疼痛』が緩和されるかどうかが変わる。特に『痛みはひどく、決して良くならないと思う』とか『痛みを弱めるために私にできることは何もない』等のネガティブで破局的な意味付けをした場合は『慢性疼痛』による痛みをかえって悪化させることにつながる。また、周囲の接し方としては『本人の仕事や日常生活を継続することを支えると痛みは改善し、痛む部位をかばったり休息することを促すと痛みは悪化する
』傾向がある。ただし、それは『慢性疼痛』に限った場合であり『急性疼痛』の場合は治療や休息が必要であることは言うまでもない。過去の痛みと向き合うためには、むやみに医療専門家に依存するのではなく、障害当事者自身が『慢性疼痛(二次障害)』に対する正しい知識と前向きさが必要だと考える。しかし、日々の痛みがそれを阻む時は、薬に頼ることを拒むべきではないと思う。繰り返しになるが、過去の痛みに前向きな意味付けをするには、障害のある人の側が二次障害についての正しい知識を積み上げることが必要であり、そのためには障害のある人1人1人の体験を大切に蓄積し合う『当事者研究』への取り組みが重要だと考える。また、その『当事者研究』による成果を支えるものとして、障害当事者と医療専門家との信頼関係を築いていくことが課題だと思う」との問題提起で締めくくりました。
その後、休憩を挟んで、休憩時に募った質問に答える時間がとられ、副代表の下重の挨拶を持って閉会となりました。閉会の後に、懇談会という形で口頭での質疑応答の時間がとられました。閉会前の時間も含めての質問の内容としては、痛みの種類や、治療、軽減法。二次障害の症状や予防に関するものなどが出されていました。
第9回シンポジウム全体のまとめ
今回のシンポジウムは、前回までの脳性マヒ者を始めとする全身に障害のある人の二次障害に関する最新医療の現状を紹介することに留まるものとは違い、障害のある人や家族や支援者が前向きに二次障害を中心とする医療問題に向き合うための新たな情報を提供できたと思います。
その1点目としては、日常的に二次障害に悩まされ、医療を受けることに多くの困難を抱えている障害当事者の視点で、専門的な医療の現状を参加者の皆さんに伝えることが出来たことです。その意味で「二次障害情報ネット」と脳性マヒ者で医療専門家でもある熊谷氏が出会ったことは、今後の大きな可能性に向けた第一歩だと言えます。
そして2点目としては、熊谷氏の講演を通し、例えば「二次障害の予防や治療は機能低下のみで捉えるのではなく『痛み』の軽減という視点から考えられるべき問題」「障害当事者の知識の蓄積が重要」「障害当事者と医療専門家との信頼関係の構築が最重要課題」等の参加者が各地域に持ち帰って考えることが出来る課題を提供できたことです。
今後「二次障害情報ネット」は、熊谷氏の研究の経過と成果に着目しながら「障害のある人にとっての二次障害とは何か?」や「障害のある人にとって予防や治療とはいかなる意味をもつものなのか?」等について、機会あるごとに内容を深めながら全国の障害のある人や家族、支援者の皆様に情報を提供していきたいと考えます。今後ともご理解とご協力をよろしくお願いいたします。